兄さんの憎しみをぶっ潰せ

「自分との戦い」なんて寝言をほざいてほしくないな。
力が弱いものや持たざる者はすぐにそういうことを言い出すんだぜ。
敵には勝ち目がないからなのかいくらでも融通の利く自分との戦いを始めてしまうのさ。
自分は味方だよ。
信頼すべき己を敵としてしまったときこそ人は真の敗北者になってしまうのさ。


安心院なじみ 『めだかボックス』より)



3月2日
我々に信じられない悲劇が降りかかりました。
降りかかった」というのは比喩でもなんでもなく、実際に「」という悲劇が京都御所を襲ったのです。


その日はホトケの追いコンの予定日。
僕たち下級生を一端の京大生に、いえ、一人の大人として育ててくださった偉大なる先輩方とのお別れの日でした。
毎年この日の試合では1,2回生が成長の証を示すという重要な儀式が行われてきたのですが、残念ながら今年はお預け・・・。




ドイ「野球ができる喜びを先輩方とぜひ共有したかったのになぁ。」


カシワギ「いや〜、野球できなくて残念です。」


シャク「もし試合があったら100%勝ってたけどなぁ。」


ニシオカ「あの老いぼれたちに地獄を見せたかったなぁ。」


ミツイ「命拾いしやがって!あのボケどもがぁあああッ!!!!」





諸先輩方への恩返しができず、途方に暮れるホトケナイン。

と、そこへある男から朗報が。


ナカムラ「ヤクガク、オイコン、ニンズウブソク。ワレラ、モトム、タイセンアイテ。」



支離滅裂な内容のメールに驚いたミツイはホトケメンバーを緊急招集。
超難関京都大学を合格した猛者共たちが人類の叡智をしぼりだしてようやく解読に成功。




どうやら薬学部の先輩どもが邪魔なのでボコボコにして追いだしてほしいらしい





飛んで火に入る夏の虫という言葉は、この事態を形容するために生まれたのだろうか。


京阪リーグの絶対王者を相手にするとなれば、その「」はただの炎では済まない!


虫を焼き殺すにはもったいないほどの大火災となり、己らの無力を味わわさせてやるわ!






フハハハハーーーー!!!









今宵の地獄の宴、舞台は御所ではなく一乗寺グラウンド


少々遠いが我らホトケの士気はそんなことでは下がらない。


魁!男塾」さながらの‘直進行軍’一乗寺へ到着する。






(※直進行軍 … 何があろうとも決まった方向へ行進し続ける男塾名物の修行。)






するとそこにはあの男の姿が


ナカムラ「おう。よう来てくれたのー、感謝するで。でも、何でもお前らの思う通りになると思ったら大間違いやけどの。」


マキノ「何ぃー!?どういうことだ!」


ナカムラ「今日、勝利するのはわしらやということや。なんといっても、わしは京阪リーグ失点率6位の男。リアル野球盤じゃ不甲斐ない姿を晒しとるけれども、ちゃんとした試合なら打たれるわけがない。数字は正直や。まぁその前に、薬学部が誇る『左腕エース』がいる以上、わしの出番はなさそうやけどのー。」



漫画やアニメならば確実に死亡フラグがたつセリフを何の躊躇もなく吐くナカムラ


しかし、よく考えるとこの『左腕エース』に我々は2度も負けを食らっている。
1度目はホトケが弱小だった頃、2度目は人員不足で本領が発揮できなかったという理由はあるものの…。




ナカムラ「よっしゃーーー!試合開始や!いったれ『左腕エース』!」






カキーーーン






ボカーーーン






ドゴーーーン







ナカムラ「なんですとーーー!?」



ホトケ(+ホンマ)が誇る超重量打線がすぐさまに『左腕エース』を攻略。

四球に加えて、ドイのセンター前ヒットやモリの内野安打、さらにはハラダさんの2ベースで2回3失点のKO。




ナカムラ「ど、どういうことや!?こんなはずでは!?」


シャク「兄さん。俺たちはあんたに『感謝』しています。あんたの放る球を打ちこんできたおかげで成長することができました。今やどんなピッチャーでも、『兄さんが投げている』と思いこむことで楽に打つことができます。」



これがホトケの底力。

長いブランクのある薬学部の方たちと比べるべくもない。




一方で守備面では、シャクホンマの両投手が肩を温存させたいと希望したためニシオカが先発。
連日の練習でニシオカにも肩・肘にダメージがあったものの、スローボールをど真ん中へ集めるという前代未聞のピッチングで6回を無失点。



「日が暮れるまで」というルールのため、まだまだ薬学部にも反撃のチャンスあるのだが、試合の流れは完全にホトケ




あまりの恐怖にナカムラ兄さんが御所へ逃げ帰るという事件も発生した有り様だ。







そして、ようやくこの時間がやってくる。



薬学部A「もうピッチャーがおらへんでぇ!」

薬学部B「試合が続けられへんやないかぁ!」





すると、ホトケのベンチから聞こえてくる…





にぃっさん! にぃっさん!




にぃっさん! にぃっさん!





にぃっさん! にぃっさん!





にぃっさん! にぃっさん!





にぃっさん! にぃっさん!







怒涛の「兄さんコール」!!





しかたなくマウンドへ上がるナカムラ兄さん



ナカムラ「お前ら、ええ加減にせいよ。わしの力を見せたる。地獄を見せたるからなぁああッーー!!」






ぐあぁぁあああああぁ!!!











ついに真の姿を見せたナカムラ兄さん!この闘気、この覇気、以前とは比べ物にならない!










だがしかし、この男は冷静だった。




ニシオカ「ナカムラよ。さっきも言ったはずだ。俺たちには『感謝』しかないと。勝利するために必要なものは『闘志』でも『憤怒』でも、『憎しみ』でもないッ!!『感謝』だッ!『感謝』だけがッ、勝利に通じるッ!!」





バコーーーーン




ハラダさん「ありがとう、兄さん。」




カキーーーーン




ホンマ「ありがとう、兄さん。」




ドカーーーーン




ミツイ「メルシー、オブリガード、グラッツェ、兄さん。」





バカーーーーン






稲妻のごとき4連打!!






カシワギ「こ、この風景ッ!?ど、どこかで見たことがあるッ!」


モリ「…こ、これは野球盤だ。…こいつらッ!試合でリアル野球盤をしているぅぅッーーーー!!」



たったの数分で3点をもぎ取る。





ナカムラ「ソ、…ンナ。コ、コレデモカテナイノカ…。」


ミツイ「兄さん。これでわかっただろう。野球は憎しみでするものじゃないってことが。お前の憎しみは俺がバットで叩き砕いた。さぁ、ここからは楽しい野球の始まりだ!」







そう。

野球は神聖なスポーツ。

決して相手を憎んではいけないのです。

対戦相手は『敵』である前に一つのスポーツを共に楽しむ『仲間』であるべきなんです。

でも…、そんな簡単なことに気付くのが難しかったりするんだよね。





ドイ「思い返せば、僕って最近ずっと暗かった気がするんだ。自分では明るくふるまっても、他人からは何故か暗いやつって思われちゃう。その原因がようやくわかったんだ。僕の中の憎しみの心。心のどこかにそんな悪い自分がいたのかもしれないよ。

…ははっ。でも今はこんなに晴れやかな気分なんだ!ほらバットだってこんなに元気に振り回せるんだぜ!




カキーン




バコンッ!!!






ぬぁぁぁああああああ

ーーー!!








一同「!!!???」






安寧とした一乗寺グラウンドに突如響き渡る悲鳴



いったい何が起こったのか!?



マキノ「あれを見ろ!ほらあれ!3塁側のファウルゾーンだ!」





なんとそこには頭を抱える

おじいさんの姿が!




ドイの放ったファウルボールが、優雅に犬を散歩させていた老人の頭を貫いたのだ!





平穏だったグラウンドの空気に亀裂が走る…。


呆然と立ち尽くすドイ。


ドイを睨みつけるおじいさん。



そのおじいさんの目には憎しみの心が宿っていました








僕らは学びました。


野球なんかで憎しみは消えないってことを。





P.S 試合結果は8−1でホトケの勝利です。