兄さん万歳

国家にとって、また指導者個人にとっても有害なことは、

絶え間ない弾圧によって、人々の心を恐怖と疑惑に落とし込むことだ。

これは有害を超えて危険ですらある。

なぜなら、人間とは絶望的な恐怖に襲われると、

身を守るために凶暴で無分別な反撃に転ずるからだ。   




ニコロ・マキュベリ『君主論』より








ここは御所富小路グランド

厳しい寒さもどこへやら、麗らかな春の日差しが降り注ぎ、爽やかな笑顔の球児たちを優しく包み込む。

青空を駆ける白球は告げる。


球春到来を。



平和。まさに平和だ。


そして、昨年この富小路で旋風を巻き起こし、太陽のように明るく輝いていたホトケ


今年も富小路をはじけんばかりの笑顔で照らし続けるのだろう…。


大方の読者はそう思っているかもしれない。


しかし、去年の4月を思い出してほしい。


2011年 イワタ → ミツイ の主将交代後、


チームの雰囲気がガラっと変わった。


今年はあの男が玉座に腰を下ろす…。








ウツノミヤ「全員気をつけーーーーーい!!!」





醜悪な顔面をひきつらせ、しわがれた声で号令をかけるウツノミヤ





いったい何が…




イケダ  「シャク様のおなーーーーりーーーーーー!!!」


 



第29代ホトケ主将  邪鬼(シャク)ヒデキ




最多勝最優秀失点率新人王と一年目からタイトルを総なめする野球能力に、ハンサムな顔面と、を兼ね備えたパーフェクト超人。

圧倒的威圧感闘気から、もはや同回は忠実なる彼のしもべ。

先輩たりとて、それは例外ではない。



キムラ  「では、シャク様。どうぞ。」



世渡り上手 キムラは即座に先輩としての威厳を捨てた。昨年の副主将も、今やシャクのスパイク磨き担当だ。


キムラの諂いに、満足そうに笑みを浮かべると、徒ならぬ空気が支配するグランドで、シャクが静かに口を開く。



シャク様  「うむ。今日は今季初のオープン戦だ。俺が主将になったからには今までの甘ちゃん野球は断じて許さん!これから先の練習試合は貴様らの仕上がり具合をはかる判断材料だ。くだらんプレーをしてるやつらは即解雇。ジャスに島流しだ!人材は掃いて捨てるほどいる。ミツイ!ニシオカ!貴様らとて例外ではない!」



シャクの我々に対する評価基準は至ってシンプル。


使えるか』 『使えないか


奴の目に映るのは我々の野球能力のみ。チームメイト全員のパワプロ査定が彼の日課だ。


マウラ GFGDG」 


↑のような、サクセスで失敗した選手は容赦なくジャスに流される。




ミツイ  「我慢ならん…。断じて許せんぞぉおおおお!!!」



(拳を振り上げ、シャクに殴りかかるミツイ。)




パシッ




(ニシオカがとめにはいる)




ニシオカ 「やめろ!やめるんだミツイ!現実を受け止めるんだ!俺たちの時代は終わったんだ!



ミツイ  「だが、しかし…。これがホトケの野球だというのか!」




かつての主将は、あの楽しかった日々を思い返す。

かけがえのない仲間たちと『勝利』という一つの目標に向かって戦った。

厳しい試合もあったが、何より楽しかった。

ベンチには笑顔が絶え間なく溢れ、みんな心の底から楽しんでいた。



それが今や…。



新たに王となったシャクは、その絶大な力を武器に、あらん限りの暴虐をつくす。

チームメイトたちは偽りの笑顔でシャクに追従する。

彼らは知っている。歯向かえば自分の居場所がなくなることを…。

『恐怖』がチームを支配する。



先ほどまで、ミツイを制止していたニシオカも我に返る。


もう許せん。やつは間違っている。


ニシオカも拳を握りしめる。


一触即発。…まさに火薬庫。


とそのとき、異様に張りつめた緊張がグランドを支配する中、ある一人の中年の登場で事態は急展開する!!!



ナカムラ  「おぉー。遅れてすまんのぉー。徹マンしとったし眠くてのぉー。」



昭和の雰囲気を醸し出しながら、チャリで颯爽と登場したのはみんな大好き兄さんこと、ナカムラフミヒコ


ホトケブログ検索ワードでも『ナカムラフミヒコ』が上位にあがるなど、その人気はサークル内外を問わない。


兄さんの登場にシャクの恐怖に脅えていたベンチが湧き上がる。




ウツノミヤ 「徹夜オ○ンコですか!さすが兄さん!ゲバシャァアァ!」



ニシオカ  「それにしても今日の兄さん、いつもと出で立ちが違うぞ!」



ナカムラ  「今日は気合入っとるんやワシは!レギュラー獲りに来たんや!」




イケダ   「ホトケのオシャレ番長の僕に解説させてください。汚物色のノビノビパンツモッコリとしたダーティー股間に余裕を持たせ、SSKのトゲスパイクワイルドでアダルトな大人の足元を演出!かつての大投手沢村栄治を思わせる、昭和風の真っ白練習用ユニフォームに、安心のマダオブラックアンダーシャツ!トレードマークの帽子は一般オッサン用なのが、こってりとしたアクセントになっててエキゾチックビューティ!タイトルをつけるとすれば『あ〜昭和。古き良き日本』!この春の定番になりそうです!」






あ〜昭和。古き良き日本




一同   「ニィッサン!ニィッサン!」



兄さんのファッションショーホトケに光をもたらした。



悪王にも人の血が流れているのか。ニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべるとこういった。



シャク  「おい兄さん。7番レフトでスタメンな!」



ナカムラ 「イエッサー!」



みんな大好き兄さんスタメンに湧き上がるホトケベンチ。



兄さんの癒しのオーラにミツイニシオカ両名も怒りを鎮め、ようやく試合が始まる。



そして この兄さん 信じられないことに 試合で ものすごいことを やってのける!!!






対戦相手はR.Newhold


昨年誕生したデキタテホヤホヤの新チーム。


もうすぐ三十路をむかえるホトケはアダルトな野球でテンガたくさん欲しいもの。



初回。


ニシオカがエラーで出塁し、チャンスを作るも後続が倒れ0点どまり。


その裏、先発のマウンドにはシャクが上がる。


ゆっくりと振りかぶるシャク




シャク 「フッフッフ。この球を投じた瞬間、2012年 俺の伝説が幕を開ける!!!」





ギュィイイイイン







ボゴォオオオオオ







グワァアアアアア










シャクの投球がバットをへし折り、打者が悲鳴をあげたのか?







2者連続で死球を浴びせ、いきなりのピンチに。



続けざまに長打を浴びて2失点。



その後も3回5死四球の大乱調で計3失点。



シャク 「まあ、あれですよ。あれ。今日は投げるだけ。結果は気にしませんよ。」



と、余裕シャクシャクのコメントを残してマウンドを降りる。



リリーフで4回からは我が物顔でホトケに加わっている悪漢ホンマが登板。



ホンマ 「見さらせぇい!これが俺のスパイラルリリースや!!!」



中二くさい必殺技を叫びながら、ひたすらボール球を投げ続けるホンマ



結局1イニングで6四球7点を献上。



ホンマ 「いやぁー。俺、御所苦手なんやー。マウンドがないとムリー。」



京阪リーガー失格のコメント。



頼みの強力打線も



ミツイ「あのあれです。あれ。今日は球を見るだけ。はじめなんであれですよね。開幕にピーク合わせるんで僕。」



と4番を筆頭にだらしない。



そのとき、敗戦ムード濃厚、緩みきったその空気に、一人の中年が喝を入れる!!!



兄さん「ふっ。おまえはいいよなミツイ。実績があるぶん、少々打てなくても試合に出れる。だがな、ワシはこの一打席一打席が勝負なんや。ワシのようなオッサンはあかんかったら即ジャスに流されるんや。一振りに命を懸けなあかんのやワシは!!!」





グガラギィイーーーン





身の毛がよだつような不細工なフォームから放たれた打球はライト前に落ちる執念のポテンヒット




キーーーーーーーーン





続く2打席目には三遊間を破るレフト前ヒット。




そして、10−0で迎えた最終打席…




兄さん「忘れもせんわ。去年 4月5日ペッカー戦。5番エース ワシ。無残に散った。桜の花びらとともに。あの輝きを。忘れ去っていた夢を。ワシは取り戻すんや。ワシはレギュラーになったるんや!!!」





カキーーーーーーン!!!




加齢臭漂うスイングから繰り出された会心の当たりは左中間を深々と破るツーベース!!!




2塁ベース上で会心の一撃の余韻に浸る兄さん




その後、なんやかんやあってキムラのタイムリ兄さんがホームを踏む。




10−0が10−1になっただけ。何も変わらない。ホトケの負けは揺るがない。




客観的に見ればそうかもしれない。




だが、兄さん歓喜の咆哮をあげる。




兄さん「ヨッシャオラーーーーー!!!」




御所に響き渡る兄さんの咆哮。そこには何の憂いも恥じらいもなかった。




かつて彼は語っていた。




ワシはバッティングピッチャーにスコアラー。陽の当たる場所は似合わないんや…。




本当は誰よりも目立ちたかった。光を浴びたかった。




でも諦めていた。自分を騙していた。自分の限界を決めつけていた。




チームメイトが兄さんのもとへ集まる。兄さんを讃える。




一時は彼を罵倒した仲間たち。




彼の元を離れていった仲間たち。




みんな戻ってきた。




忘れかけていたあの日の想いとともに。




歓喜の輪の中。



麗らかな春の陽が兄さんを明るく照らす。



誇らしげに兄さんは口を開く。




おいシャクよ。開幕戦 4番レフトはワシに任せな!





2012年 兄さんの新たな挑戦が幕を開けた。




バツ2からのリスタート―中村文彦―

【出版】新潮文庫【値段】315円(税込)