『栄光からの転落 中村文彦―第二の人生にせまる―』

かつて、男は輝いていた。


眩しかった。


とてつもなく眩しかった。







ナカムラ「っしゃおらーーー!!!」








ギュィイイイーーン







ズバババババーーン








男の右腕から放たれる快速球は唸りを上げてミットを鳴らし続けた。


男の剛球に敵は震え上がった。恐れ戦いていた。


仲間たちは、歓喜した。




こいつの右腕に俺たちの夢を託せる!


今年のエースはこいつしかいない!





仲間たちは、男を信じた。


男も最高の笑顔で、あふれんばかりに漲る自信を体で表現した。











ナカムラ「おいミツイ!開幕戦、5番エースはワシできまりや!」




こうして、ホトケは盤石の態勢で、不動のエースを引っ提げて


開幕を迎えた…








はずだった…







ナカムラ「どうじゃこりゃ!これがわしのチェンジアップや!」




開幕戦のマウンド、男は自信を持って、力の限り、その右腕を振り切った







ギュイイイーーーーン








キーーーーーーーン!









!?









コーーーーーーーン!









!?









ドゴォオオオオン!









!?









何かがおかしかった…


いや、おかしくなんかない


ただ、短い夢から目醒めただけだった…





ナカムラ「あんなウマくいってたやないか…。そんなアホな…。」





男の自信は砂の城のごとく崩れ去った。


男は脆かった。


とてつもなく脆かった。





ニシオカ 「おまえとはバッテリー組みたないわ。

要求通り投げれんから、リードしても無駄やわ。」




ウツノミヤあんた、マッスグ(直球)投げてもまるでダメなオッサン。

略してマダオですね。」




イケダ  「この前、中村さんみたいな人、AVで見ましたよ。

中村さんって男優みたいですね!





仲間たちは手のひらを返した。


仲間たちは男に罵声を浴びせた。


仲間たちは男のもとから離れていった。









男の目から光が消えた…





カシワギ「ナカムラさんの球って、ほんと打ちやすいですよね!

バッティングピッチャーに最適ですよ!ヘッヘッヘ!」




シャク 「ナカムラさんがスコア書いてるの見ると落ち着きます!

遠い昔、お母さんの胎内で羊水に浸かってた時分を思い出しますよ〜。」






マウンドを去った男は居場所を見つけた。


自分が輝ける唯一の場所を見つけた。






ナカムラバッティングピッチャーにスコアラー。

ようやく、ワシも自分のポジション見つけましたわ。

チームのために何か貢献している。それだけでワシは幸せなんです。

マウンドみたいな陽のあたる場所はワシには似合わんのですよ。




トレードマークの帽子に手をかけ、

開幕前のあの日のようなキラキラした目で男は語ってくれた。




今日も、グランドの片隅、2番ベンチが彼の定位置だ。






栄光からの転落 中村文彦 ―第二の人生にせまる―』 

【著者】三井裕崇【出版】ちくま新書【定価】本体価格720円+税